書かなければならない企画書がある。それに潜水士の準備講習の問題集も書かなければならない。潜水士のテキストが改訂された。この前改訂したばかりなのにまた改訂した。連続二回の改訂だ。改訂版を見たら、間違っているところは改訂せず、どうでもよいところを改訂している。馬鹿だろうと思うが、逆らえない。問題集で、こちらは対抗しなければならない。なのに、こんな、イセエビとウツボの話を書いている。そんな時間があるのか!無い。でも書いている。
今度のゴールデンウィークに八丈島に行く。その八丈島行きに、このイセエビと川俣の話が繋がるのだ。だから書き始めてしまった。
川俣は、家の庭にコンクリートの実験用水槽を作って、イセエビを飼い、イセエビの習性を観察した。自分の寝ているベッドの脇に大きな水槽を置いて、イセエビを入れた。これで、夜のイセエビの動きがわかる。夜寝ていると、ばしゃばしゃ、水槽が騒ぐ。餌をやらないで居ると、イセエビが共食いを始めるのだ。
餌が無ければ共食いだってする。ウツボとイセエビも餌がなければ、ウツボはイセエビを食べるにちがいない。満ち足りた状態では、ウツボはイセエビを襲わない。のだろう。
研究の結果、川俣は新しいイセエビ礁を考案した。人間の家には、まず玄関がある。玄関を入ると客間がある。そして次に寝室、ベッドルームに続く。イセエビの家にも、玄関とリビング、そしてベッドルームが必要だ。こいつは、どこまでも人間の生活をイセエビに押し付けるのか、と思ったが、あながち間違いではないと、そのころの僕は知っていた。リビングだとかベッドルームだとか言う言葉は川俣的な表現であり、イセエビが好んで入る岩の隙間は、入り口部分が狭く、中で広がっている。そんな隙間は少ないから、仕方なくイセエビは、自分の身体にぴったりぐらいの高さの岩の割れ目に入る。
人工エビ礁は、いくつもの種類があるが、一番普及している形は、イセエビが入りやすい隙間が何段も作ってある。この隙間にイセエビが入っているのだが、撮影しようとライトで照らすと奥に逃げ込む。逃げ込んでも奥は行き止まりだから、小さく張り付いて、震えている。人間的な表現だが、震えて小さくなっている感じだ。少し作るのに手間はかかるが、イセエビの入る段が、上下に奥で繋がっているタイプがある。奥に逃げ込んでイセエビは、奥のつながりで、下に逃げたり上に逃げたりする。この方がイセエビとしては、逃げ道があるので安心だろう。
川俣の研究による、リビング、ベッドルームがあるエビ礁はもっと良いはずだ。
多段式のイセエビ礁
行きどまりなので、イセエビは身を縮めるしかない。
多段式の奥が上下でつながっているタイプ。奥に逃げ込むことができる。
二つの魚礁ブロックの間の隙間、奥が深いから中に何尾いるのかわからない。
川俣式エビ礁が、八丈島で採用になったという。電話がかかってきた。
僕も忙しくて、エビ礁のことは忘れてしまった。
たしか二年前だったと思う。喪中の葉書が来た。川崎の川俣と書いてある。川俣といえば九州だ。薩摩の生まれである。はて、誰だろうと思っただけで、脇に置いてしまった。しばらくして、川俣が死んだといううわさを聞いた。はっと思った。義理の息子が川崎に来ていて、そこからの通知だった。