4月7日
昨夜、事務所からの帰り、大横川の対岸の桜がライトアップされていたので、夜桜を見た。
4日の夜も、辰巳の夜桜に出かけたのだが、運悪く、雨になってしまい。帰りにはもうやんでいた。
日本財団の助成金をもらっている団体の春の交流会があり、赤坂のグランドプリンスホテルに出かけた。このホテルにも久しぶりだった。500人を越える大パーティで、こんなに大きい懇親会も久しぶりだった。記憶にあるのでは、文部科学省の生涯スポーツの指導者を集めたパーティ以来である。
日本財団の担当者が,大変に親切で、お金をやっているのだぞ、という態度は微塵もなく、お金を有意義に使っていただくという姿勢に終始している。絶対に見習わなければいけない。僕なども、人に教える時、お金をもらって教えているのに、教えてやるぞという態度に見えるのではないだろうか。反省しなくてはいけない。
日本財団の前身である笹川財団にもお世話になっている。いま、お台場の潜水でお世話になっている船の科学館は、笹川良一氏の遺産のような物である。
対馬沖のナヒモフ号の宝探しでもおせわになった。先日亡くなってしまった田島が、飽和潜水のダイバーとして出向していたし、僕も自走水中テレビかめらの試作をさせてもらった。まだ,大メーカーがROVを開発する前であり、本当の手作りであり、中性浮力のフレームにテレビカメラを搭載し、上下方向、左右方向 後ろに四つの推進器(スラスター)を付けただけの原始的なものだった。
対馬に持って行ってテストをしたが、海底の流れに抗して動く事が出来ずに、使い物にならず、ポチと名付けられた。それでも、600万の費用をクレームも付けずに払ってくれた。
そして、今度の日本水中科学協会である。まだ特定非営利活動法人の届け出でだけで、認可にもなっていないのに、提案にたいして助成金を付けてもらえた。お世話になり続けである。