基本用語の危険な生物の項で使おうとデスクトップに出して置いた写真
編集会議で、本の名前は、「ダイビング・水中活動の基本用語」と決まった。以後、基本用語と略称する。なお、良い本を作ると言うことと、売れると言うことは別で、売れる本が良い本だと教えられた。売れる本を作る自信はない。また、だれが買ってくれるのか、ターゲットはどこか。自分が買いたいと思うような本を作る以外に、考えられない。ところで、ダイビングに関する本ならば何でも買うと言う人は、日本でどのくらいいるのだろうか。
ダイバーは、本など買わないという意見もあった。だとすると絶望的だ。ダイビングは文化になることは決して無く、よりマイナーになる。
本を買わない、本を読まないのではなくて、読むような本が無いのだと思う。アメリカで出されているダイビングの本のリストを見たりすると、比べ物にならないとくやしくなる。悔しがってはいけないので、行動する。自分たちも本を作るしかない。本を作ると言うことは、本を売るノウハウも持っていなければならないのだと言うことはわかる。
日本のダイビングが低迷しているという。別に低迷はしていないとおもう。こんなものなのだ。新しい参入者、海外のリゾートあるいは、日本のダイビングショップでCカードを取る。別にすることもないから、3年以内にやめて行く、時が経ち、思い出したように時々潜りに行こうとするけれど、恐ろしくて行けない。その繰り返しをしているだけなのだろう。
とにかく、今は、読むに足る。新しいチャレンジも含んだ「ダイビング・水中活動の基本用語」を作る。作る過程では、メンバー全員に、執筆、編集、議論、何らかのかたちでかかわってもらって、勉強してもらう。そして、その本を売ってゆく過程で、売るノウハウを覚えるとともに、日本水中科学協会のメンバーを拡大して行く。年に一冊ぐらいは新しい企画を立てて、それを繰り返してゆく。そのような団体に育って行く、スタートだと考える。そんなに甘いものではないと言われたが、人生、甘いものではないことがわかるくらいの年月は生きてきた。
懇親会の居酒屋で、須賀が死んだらその後をどうするのだ。考えているのかという話題になった。あんまり懇親になる話題ではないようにも思うが、人は必ず死ぬ。
来年は77歳になる。混合ガス屋さんの本山さんも、来てくれていた。「来年は77歳ですね。」と声をかけてくれる。77mに潜ることを知っていてくれるのだ。冗談で「空気で潜る」と言ったらだまっていた。僕も愚かであることを売り物にしているが、空気で潜る77mがどんなものか知っているから、空気ではもぐらない。多分、下には数分しかいないで、ゆっくり上がりながら楽しむと思うから、ヘリウムの多いトライミックスで潜ると思う。減圧はナイトロックスにしたいから、久保君にでも言って、講習を受けよう。
僕が死んだ後のことは、僕が考えてはいけないと思っている。後のことは後の人が考える。居酒屋で座っている人を見回しても、立派な社長さんがいるし、理事にも、優れた経営者がいる。研究者もいるし何も心配はない。僕自身は、それぞれの人を好きだ。30年来の仲間も、まだ学生で、ぼくたちのこの集まりを手伝ってくれた、学生もみんな好きだ。
なにがあっても友達と争ったり、裏切ったりしなければ、経営者クラスの人が相談し合って適材適所を決めてくれる。僕が居なくなった方が良いのではないかと思う時もあるが、もう少し、頑張る。老醜をさらしていると言われないだけ幸せと思っている。