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2017年 08月 02日
後のお台場が先にでてしまったが、伊戸 行ったのは、7月 27日
館山は、いろいろな意味で、僕のダイビングのホームグラウンドである。27歳の時、館山湾で90m実験潜水をやったし、最近では毎月、一回ぐらいの割合で、通っている。波左間はその中での更にホームであり、僕のこの数年のダイビングの70%は、波左間で過ごさせてもらっている。僕のダイビングは、月例の東京港お台場と、ほぼ月例の波左間であった。 波左間は、僕たちの人工魚礁調査グループの本拠であり、2年にわたって調査をして、そのまとめを発表した。しかしながら、研究としての成果をと、問われると、やや恥ずかしい。もう一度仕切り直しをして、計画を立て直そう。ワークショップでその立て直しを組み立てるつもりだ。
それは置いて、館山には、波左間の他に、西川名、板田、伊戸、四つのダイビングサービスがある。他にも、沖の島、見物もあるが、これは目下のところ、僕の守備範囲から外れる。守備範囲外、親切にしてもらえる知己がないということだ。なんといっても、82歳、わがままだし、親切に面倒を見てもらいたい。
守備範囲と言ったが、伊戸にぜんぜん行ったことがない。ダイビングサービス ボミーができる前、伊戸は僕の魚礁調査の縄張りの内だった。磯の撮影にも行った。定置網の親方の海老原 保さんが、よく僕の面倒を見てくれた。この人は、大変な紳士で、たしかライオンズクラブの会員、そしてゴルフプレーヤーでもある。そんな縁で、定置レストラン・ダイポができたときには、僕が伊戸で撮った魚礁の写真を何枚か、寄贈して飾ってもらった。もう、今はないけれど。
そんな縁があるのに行っていない。ボミーのオーナーの塩田さんとは、じっくり話はしたことがなかったが、読売ランドとか、千葉のビッグドッグとか、共通の話題があるし、彼が西川名の手伝いをしていたとき、少しだけ話をしたことがあり、好感をもっている。 なのに、なぜか、開業して7年にもなるのに、僕はあいさつにも行っていない。それは失礼ではないだろうか。と、この前に波左間に行った時に、同行していた鶴町姐に話したら、行こう、行きましょうと言うことになった。状況がわからないので小人数で、と言うことにしたら、福田君が来てくれて、3人ということになった。福田君は、人工魚礁調査グループの中心でもあり、絶対的に信頼できる。
いつものように、福田君が僕の事務所に6時迎えにきてくれる。福田君の車、いつもの戦車のような大型ハイエースで来るのかと思ったら、ベンツのバンできた。ベンツだ。 聞けば、買ったばかりで、7万キロ走っている。良い買い物だろう。ただ、壊れると修理代に一〇〇万かかるので、壊れるまでの命だとか。ベンツならば30万キロはのれるのでは?そんなことはないそうだ。日本の車よりも弱いのか?
8時に現地着、塩田さんは大変歓待してくれて、気分が良い。定置の海老原親方ともあいさつした。元気で今日の漁の始末をしていた。腰が痛くてゴルフの調子が悪いそうだ。僕もとりあえず生きて、潜水している。
塩田さんから、ブリーフィングを受ける。沖前根というところで、潜降索に掴まって降りると、20mほどのところに東の山がありその周辺だ。よくわからないけど、とにかくついて行くしかない。 10時出航、ゲストは10人ぐらいで、僕たち三人は塩田さんが見てくれる。他の7人?は、二人のガイドが見る。 潜る前は何時でも怖いが、特に初めての場所はひときわ怖い。 塩田さんが飛び込み、続いて僕、鶴町、福田、その後が他のゲストだ。最後に飛び込んで、最初に上がるのが僕の基本だけど、僕らが先頭だ。ガイドロープを掴み、放さないように手繰って潜降ロープに乗り移り、掴まり、手繰って潜る。西川名の一回目の潜水でガイドロープを手放したが、ここで手放したらそのまま、流されてしまう。とにかく手繰る。激流である。このごろ、激流の連続で、激流の人になっている。もう少しフィジカルに強ければ、爽快だろう。ガイドロープを手繰る時、身体が安定しないでひっくり返ってしまいそうだ。背中のタンクが重いから水面では、引っ張られれば、仰向けになりそうだ。とにかく、その間数十秒だが、だましだまし手繰って、潜降索に到達する。そのまま斜めになった潜降索を手繰って沈んでいく。片手にカメラを持っている。カメラを持った片手も使って手繰る。僕は小さいセットだから良いけれど、福ちゃんは戦艦大和級のキヤノンの一眼だ。僕ことを写しながら泳いで潜ってくる。驚異の泳力。 もしかしたらその昔、僕もニュースステーションの時代、もっと大きい79Eの50キロ級のカメラで、激流をさかのぼって撮影した。たしか、長崎での撮影だった。潮美はロープにつかまって鯉のぼりのようになっていた。 とにかく、今は今だ。身体がころころするようで、姿勢制御に意識を取られる。でも、福ちゃんが撮ったテープを後で見ると、僕の姿勢はちゃんとしている。 10mほど下に行くと、流れは緩くなり、中層を泳いでも進める。 塩田さんは、着底して僕を待っているが、僕は少し上から、海底の全体像を撮っている。このごろ、いつも着底して、這っているので、中層を泳ぎたいのだ。福ちゃんの撮った僕の姿を見ると、水平になって格好は悪くない。エントリーからエキジットまで、僕の姿をフォローしてくれているので、後で見ると、自分の姿を客観的に見ることができる。心理的に不安定なので、それが形にでてはいるが、鶴町姉さんの見た目では、かっこ良かったそうだ。フィンキックはあおり足ができない。あおり足をすると、構えているカメラが上下動するし、進み方が息をしているようになる。だから、カメラを構えると、50年この方泳いでいる普通のフィンキックになる。まあ、フロッグキックが下手なのだが、この年になって、今更スキルだとかへったくれだとか言っても始まらない。中性浮力でフィックス撮影ができていて、ドリーもパンも安定していればそれで良い。
海底は砂地にコンクリートブロックの魚礁が点在していて、一面にアカエイがいる。次第に根の方に接近すると魚が多くなり、ドチザメが増える。僕は撮影しているので、なかなか塩田さんのところまで進まないが見えている範囲にいる。透視度は、20mはあると思った。 3mmのワンピースにフードジャケットで4キロのウエイト、12リッターのスチールで良いバランスになっている。久しぶりのバランスだ。緩い流れがあるので、中層を泳げば、いつも逆らって泳ぐことになる。着底してしまえば楽なのだろうか。泳ぎ続けているので、すこし疲れる。
フェイスブックやブログでかなり見ているが、シャークスクランブルは、見応えがある。これを考えた塩田さんはすごい。 水温は底で20度で、3mmでは、かなり寒くなってきた。残圧も80を切った。塩田さんは僕のゲージを見て浮上のサインをくれる。潜降索までは下り潮だから、直ちに到着、浮上も激流に流されないようにロープに掴まる。およそ、5mあたりで僕は停止する。 3mの停止なのだが、僕は5mぐらいがやりやすい。そのうち、どんどん、みんな上がってきた。別の組のガイドがやってきて、スレートに、もっと詰めてくださいと書いた。僕が一番上で5mだったら、一番下は7mぐらいになって、停止の深さから外れてしまう。気がつかなかった。3mに上がる。 スントのソリューションと、日本アクアラングで一番やすい ものと二つ並べて着けている。一つで良いのだが、アクアラングの表示がわかりにくいのだ。 ソリューションの安全停止は3分だ。新しいアクアラングは5分の安全停止を要求している。そのほかの指示は、最大水深も時間も全部同じだ。同じでなければどちらかが故障だけど。 考えてみるとおかしな話だ。ソリューションは60歳の100mから20年使っている。20年間3分の安全停止で何もなかったのに、ダイブコンピューターを変えたら5分になった。ソリューションの前には、アラジン、そのもっと前はダイブコンピューターなしで、水深が20mより浅い場合にはほとんど安全停止などしなかった。減圧表には安全停止など指示されていない。ときどき、やばいかなと思ったとき、自主的に安全停止をしたくらいだ。 人間の身体、僕の身体は同じなのに、ダイブコンピューターが変わると安全停止も変わるのは、納得できないけれど、年齢が高くなって減圧症になりやすくなったのだと解釈して5分の安全停止をしている。
安全停止が終わってボートへのエキジット、これが大変だった。僕はなるべく自力で上がりたい。これはささやかなプライドみたいなものだ。付き添ってくれている塩田さんは、ウエイトもタンクも全部脱がすつもりでいる。だから争いのようになり、手際よくできないで、身体だけ押し上げられた。見ている人はボートオペレーターだけだから、良かった。
ログ 一回目の潜水 潜水開始 10時28分 最大水深 20。6m 潜水時間 33分 水温 20。6℃ 浮上速度違反は 二目盛りでて点滅
港に着く。僕の次のタンクも持ってきてくれる。僕は一回の潜水でやめようかともおもっていた。もう伊戸のシャークスクランブルも見たし、激流も体験した。つまり、伊戸は極めた。それに3mmのスーツで、寒くて上がった。 まあ、どうするか保留にして、タンクにBCを取り付けて準備した。1時間の休み、塩田さんを交えて歓談した。寒さが残っている。この状態では、水中で保たないだろう。温水シャワーに行って、スーツの中に温水を入れた。風呂に入っている気分だ。
2本目を行くか行かないか、いつも迷う。そして、いつも行くことにする。トレーニングだ。海に潜るチャンスはそんなにない。
☆★☆
二本目の計画は、潮上からエントリーして、水面で集合、そのまま自由潜降する。海底に着いたら潮に乗ってドリフトする。
3人と塩田さんで、まず飛び込む あとから他のグループが来る。 水面で、塩田さんは僕のBCの肩のあたりを直そうとする。よじれていたのだろうか。僕は、なにか、そういう世話をされると嫌なのだ。インストラクターの意識の名残だろう。 とにかく、よじれをなおしてもらって潜降、ドリフトしていった方が、1本目のガイドロープを手繰って潜降索まで必死にたどり着く労働がないだけらくだ。 なぜ、2本ともそうしないのだろう。わからないけど、何か理由があるのだろう。潮時とか。 もしかしたら、別の場所なのかもしれない。 とにかく気持ちよく泳いでゆるやかに流れた。目当ての根の少し前から、次第にドチザメ、アカエイが増えてくる。僕は、廻っている大型のマダイをスチルでねらった。ニコンも良いカメラなのだが、レスポンスが良くない。この前、福ちゃんに見せてもらったTG5は、まるで連写のように速写できる。もちろん画質も良い。替えるべきかな。でも、このシステムもまだ使えるし。 とにかく、マダイを追っているうちに、根の中心に来て、僕たちが泳ぐのをやめて停止するとサメとエイがどっと寄り集まってきた。 塩田さんが餌の篭を持って、浮き上がるとサメのタワーが出来る。 水温19、2℃なのに、さほど寒くなかった。それほど、一生懸命泳いだわけでも無かったのにわからない。
残圧を見て、潜降索をたどって浮上。潜降索に掴まっての流れは二本目のほうがきつく感じたが、慣れたのか、直下に減圧している鶴町姐さんを撮ったりしていた。みんなが上がってきたので、浮き上がったが、水面近くの流れがさらに速かったので、3mから上の速度コントロールが全く出来なかった。速度違反マークがでるだろうなと思った。 2本目の潜水 ログ 潜水開始 12時 24分 最大水深 19。2m 潜水時間 28分 水温 19。2℃ 浮上速度違反は三目盛りで点滅
今度は、カメラを上げ、ウエイトを抜き取られ、フィンを取ってもらって、タンクは背負ったまま、船に上がれた。まあ、普通なみのことができた。
僕のフィジカルでは、やはりこの流れでは、3mmの寒いウエットスーツだったから、動けたが、ドライスーツだったら無理なのでは。 流れが速いのは夏で、冬は、流れの無い日が多くて、流れても、泳げる程度だということ。夏に流れが速いのは黒潮の接近?そうではなくて暑さによる対流が原因だろうという。 ならば、次回は冬にしよう。冬は海鵜が泳ぐシーンもある。水中バードウオッチングも出来て、売り物になっている。 館山の三つのダイビングポイント、それぞれ特色がある。波左間は海中公園の名前にふさわしく、神社があり、マンボウランドがあり、僕にとっては最高の人工魚礁パークである。これから秋に向かって、人工魚礁のフィッシュウオッチング調査の手法とシステムの研究、というテーマで潜る。僕の研究のホームグラウンドである。オーナーの荒川さんは、20代からの友達で共有している思い出多数だ。
西川名は、豪壮な天然礁 V字谷、など美しい根と大型の魚、モロコ、ヒゲダイ、イサキの大群などが見られる。天然礁のポイントである。そして、美しくて速いボートがある。 そして、オーナーの石川君は親戚(水産大学潜水部の後輩、僕は先輩)である。
そして、伊戸である。塩田さんはすごいと思う。ドチザメとエイのスクランブルを作り上げた。水中で鳥、海鵜の餌付けもはじめた。まだ見ていない。
それぞれユニークなダイビングサービスが並んでいる。このところ板田の成田君のところに顔を出していない。彼ともたくさんの思い出を共有している。行かなければ!、忙しい。
by j-suga1
| 2017-08-02 19:22
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